ミラレパは食料をもって、疲労困憊して傷ついた身体を引きずりながら洞窟へ帰った。彼は歩きながら思った。
郷里の近くに住んではみたものの、地元住民の怒りをかってしまった。もういっそのこと別の土地にでも移ろうか。彼がよそに移ろうかと思案していると、数日もしないうちにジェサイがやってきた。
ジェサイは食料と酒をもってミラレパの元にやってきた。彼女はミラレパを一目見るなり、彼に抱きついてわっと泣き出し、ここ数年に起きた出来事を話し始めた。母親がいかにして亡くなったのか、妹がどのような事情で糊口のためによその土地に行ったのかを聞いたミラレパは、心痛のため涙を隠しきれなかった。彼はひとしきりすると、涙を堪えて尋ねた。「君はまだお嫁に行っていないの?」
「皆は、あなたの護法の神を恐れているわ。誰が私を娶るかしら?」彼女は頭をふると、「もし誰かが私を娶るとしても、私はいやよ」
ミラレパは彼女に対して済まない気持ちで一杯だった。何を言えばいいのか分からなくっていると、ジェサイの方から切り出した。
「あなたは実家の家と畑をどうするつもりなの?」
ミラレパはこれを聞いて、彼女が来た意味が分かった。彼は思った。私はすでに世を離れ修行することを決めた。世の一切の財物は、もう求めるところではない。ジェサイはかつて私と婚約した人だが、ここ数年は彼女を苦しめてしまった。私は自分の意思を彼女に理解してもらって、彼女が自分の未来を決めるようにしなければならない。そして彼は彼女に言った。
「もしあなたが妹のプダに逢ったら、彼女にその家財を与えてください。彼女に会うまでは、その家財の保管はあなたに任せます。もし妹のプダが既に死んでいたなら、その家財はあなたにあげましょう」
「あなたはもう要らないの?」ジェサイは怪訝な面持ちで、目を見開いて聞き返した。
「私は要らない」、ミラレパは頭をふった。「私は苦行に入ったので、家財は全く必要がないのです。私に言わせれば、もし世界中の財宝があったとしても、死後に持っていくことはできません。私の現在の見方では、一切を放棄すれば、その実そのなかには全部があるのです。私は疲れ、煩わしさ、苦しさをともなう物質のために苦しむことはなく、好悪、利益によってもたらされる憂いと楽しみに遭うこともなく、あくせくして生きる必要もありません。私の生活は本当に自由で、憂いのない生活なのです」
「あなたの言っていることを聞いていると、本当に不思議だわ。あなたは他の法門を修行する修行者たちを、皆認めないわけなの?」
「認めないわけではありません」、ミラレパが答えた。「ある人が佛を学んだとしても、それは世間で目立ちたいからで、世間の尊敬を受けたいからです。世間で出世するために、経を講じ法を説くことを学びに行く、それは世間で名を争い利を求めるということなのです。自分の門派が勝ったら嬉しいし、負ければがっかりする。それは本当の修行とはいえないのです。ただ黄色い僧衣を着て、佛を学ぶ絵空事を掲げる、そういった人たちを私は認めません。もし佛を学ぶ人の意念が清浄で、真心から修行しているのなら、勿論わたしはそういった一門、一派には反対しません。私が反対するのは、根本的に清浄ではない人たちなのです」
(続く)
(翻訳編集・武蔵)