果たして、それはミラレパの叔母であった。彼女は口で罵りながら、棍棒を手にして猛烈に殴りかかってきた。ミラレパは身をひるがえしてこれを避けようとするものの、身体が衰弱しきっていて、駆け出した途中で石につまづき、脚がもつれて近くの渓流に転がり落ちた。
叔母は罵りながら後ろから追ってきて、彼に追いつくと手にした棍棒で死に物狂いにミラレパを乱打した。ミラレパはほうほうのていで逃げ出そうとするが、容易に立ち上がれない。彼は涙を流しながら詩歌を歌った。
叔母さんよ、思い出してほしい 私は郷里を追われたのだ
老いた母は悲痛の中で亡くなり 妹は糊口のために他所へ行った
親子三人の苦痛は いったい誰が与えたのか
私があなたの門前に行くと 猛犬をけしかけられた
罵詈雑言の限りを尽くされ 私の心は冷え切ってしまった
杖が雨のように打ち据えられ 弱った私の身体は事切れそうだ
私は修行者の身の上 怒ろうにも怒りようがない
叔母さんよ、怒りをおさめて 私に食料を布施してくれないか
ミラレパは、詩歌のなかで自らの幼少時に遇った不幸を歌った。叔母と一緒に出てきた娘は、これを聴いて悲しくなり、涙を流した。これには叔母も心を動かされ、テントの中に戻ると娘にチベット・バターとチベット・チーズをもたせて、ミラレパに布施した。
この後も、ミラレパは杖を着きながら、よろよろと辺りのテントを巡って托鉢を繰り返した。彼はそれらの人たちを知らなかったが、皆が彼の事を「ミラレパ」として知っていた。彼らはミラレパを見ると好奇の視線を投げつけ、たくさんの美味しい食料を布施した。しばらくして彼は思った。叔母は未だに私のことをこのように恨んでいるのに、叔父はいうまでもないだろう。別の土地に行って食料を布施してもらったほうが無難だろう。こうして彼は、布施された食料を持って、麓の村へと行った。
思ってもみなかったことに、叔父は自宅が倒壊してから、この山里に移り住んでいた。ミラレパが村に入ると、ちょうど叔父の家の門前に辿りついて托鉢することになった。叔父は彼を一目見ると、烈火のごとく怒りだして叫んだ。「この大悪党が!全村民の敵が!俺たちは、おまえを探していたんだ。それが自分からひょっこりと現れるとはな。もう絶対に、おまえを逃がさんからな!」彼は大声で罵るなり、石つぶてを雨あられのように投げつけたので、ミラレパは身をひるがえして逃げ出そうとした。叔父は、ミラレパが逃げ出そうとするのを見ると、家の中に戻って弓を取り出し、ミラレパを射掛けようとして叫んだ。
「この良心もない、穀つぶしが。おまえは、この村全体に何をした!よくも帰ってこれたもんだな!」叔父は隣近所に向かって叫んだ。「誰か来てください!隣近所の人はすぐに来てください!村の仇が来ましたよ!」
村の若者たちは叔父の叫び声を聞いて駆け寄ってくると、手にした石をミラレパに投げつけた。元々、彼らは村に雹を降らされ、害をこうむった人たちであった。ミラレパは、こんなに多くの人たちでは、本当に撃ち殺されてしまうと恐れ、マントラを唱える振りをすると、大声で叫んだ。
「護法の神よ!修行者が敵に囲まれて命の危機にあります。どうか敵たちに粛清の矢を放ってください。もし私が死ぬようでしたら、誰もその粛清の矢が抜けないようにしてください」
皆はこれを聞くと背筋がぞっとして、誰も石つぶてを投げなくなった。一部の人たちは叔父を掴んで後ろに下がらせ、ミラレパに近寄ると許しを請い、多くの食物を布施したが、叔父だけは不機嫌で和解しようとせず、何も彼に与えなかった。
このようにして、ミラレパは単に食料を得るにも大なり小なり災難に遭わなければならなかった。それはあたかも、彼が師父のところで厳しい工事を命ぜられて苦行したものの、罪業は全て消失されていないようで、敵を回避し、敵の門前まで行って、残りの最後の罪業を償わなければならないようだった。
(続く)
(翻訳編集・武蔵)