チベットの光 (49) 望郷の念【伝統文化】

参考写真 ( Raimond Klavins / unsplash )

ミラレパがとぼとぼと歩いていると、突如として見慣れたような、しかし完全には記憶にはないような所に辿りついた。彼が目を凝らして見ると、それはシャアツェ地方の実家であった。それは四つの柱と八つの梁でできていたが、すでに記憶は確かではなく、その前に立ってみると、それは無残にもボロボロになって見る影もない。子孫代々に伝わった大事な仏法のお経も水にぬれて破れ、三角形の畑も野草でぼうぼうとなっていた。

 家には一人もいなかった。母は既になく、妹も糊口を求めて他の土地に移り、乞食となっていた。ミラレパはこの閑散とした状況を目にし、幼少のころから遭遇した事が、その刹那忽然と脳裏に蘇ってきた。彼は、年少の頃に母親と妹と別れ、長年会うこともなく、もう永別したのだ。彼は、再び母親に会うことができないことを思うと、心の中に無限の悲痛が沸き起こり、忍びきれずに大声で泣きだした。「母よ!妹よ!」

 こうして叫んだ時、忽然として目が覚めた。彼は元々洞窟の中で修行していたのだ。彼が籠りはじめた頃、寝ることもなく打座していたが、今朝の黎明時には思いもかけず寝入ってしまい、夢の中で故郷に帰っていたのであった。彼が夢から醒めると、衣服には涙で大きな沁みができていた。彼は母を偲ぶとき、涙がとめどもなく流れ出てきた。

 このとき、彼はいてもたってもいられなくって、打座を中止すると、夜が明けるのを待って洞窟を出、師父の寝室まで行って、帰郷の許しを請うことにした。彼が着いたとき、師父はまだ寝ており、彼は師父の枕元に膝まづいて事情を報告しようとしていた。

 師父が目を覚ますと、すでに朝日がその頭上を照らしはじめ、師母が朝食を運んでくるところであった。

 「あれ、君はなんで突如として洞窟を出たのだ。さては魔の障りでもあって邪魔されたのか。早く戻って修行に励みたまえ」

 ミラレパは自身がみた夢の事を話すと、師父に請うた。「先生、わたしは母がなつかしくて仕方がありません。一旦故郷に帰って、母を探して、その後また戻って修行に励みたいと思います」

 「ああ!」、師父はそれを聴くと嘆いた。「君は故郷を離れてからもう久しい。もし帰ったとしても、母親を探し出せるかどうか分からない。ほかの人だって定かではないだろう。しかし、君がどうしても戻りたいと言うのなら、それもいいだろう。しかし、君が戻ったら、またわたしのところでやるというが、それは恐らくできないことだ」

 師父はまた続けて、「君がきたとき、私はまだ眠っていた。それは、わたしたち師弟が今生はもう会うことはないということを表している。しかし朝陽がすぐに我が家を照らした。これは、君の教派が朝陽のように十方世界を照らすということだ。特に、太陽が私の頭上を照らしたのは、われわれの教派が、大きく輝くということだ」

 そうするうち、師母が法会の準備を整えた。師父は灌頂と口訣の全てをミラレパに与えた。伝え終えると、師父は彼に言った。

 「ノノバ尊者から受け継いだ口訣は、全部君に伝えたよ。君は、上根の弟子にこの口訣を伝えるといい。それは末代十三代まで伝わることだろう」

 「もし君が、名利や個人的な偏愛のために、これを伝えると、それは誓約を破ることになる。したがって、この口訣を伝えるときには、よくよく自ら謹慎しなくてはならない。もし善根の弟子に出会って、彼が貧窮であっても、物資的な供養がなくても、彼にこの口訣と灌頂を与え、仏法を発揚すべきだ」

 (続き)

(翻訳編集・武蔵)

転載 大紀元 https://www.epochtimes.jp/p/2021/04/71886.html

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