師父はウェンシーを剃髪した後、あくる日には彼に灌頂を施し、法を講じ、彼の頭の上に手を置いて言った。「君が来た時から、君が根器のいい弟子であることは知っていた。私と師母は同じような夢を見たのだ。夢の中で、ノノバ尊師と空行母(※1)が私に弟子を遣わしたという予兆だ。それゆえ、私は畑を耕すふりをして、その実君を歓迎したのだ」
「夢の中で、尊師は君に法名を授けた。『密勒金剛幢』というものだ」
「君は私が与えた酒を全部飲み干し、畑を全部耕した。これは、君が円満して佛になる兆候だ。君は私に四つの柄がついた銅食器をくれた。これは、君が将来私の四大弟子の一人になるという徴だ。この食器には亀裂がなかった。それは、君に煩悩が少ないということだ。そしてこの食器ははたして空であった。これは、君が円満するとき、飢餓の苦しみに見舞われるということだ」
「私はこの中にチベット・バターを添えて、燈明を灯した。これは、君の後半生とその弟子たちは、口訣に従って順調に修行できるということだ。わたしはこれを敲いて、高らかな音を響かせた。君の名声を後々広めさせるためだ。私は君の罪業を消すために、君に「息」、「憎」、「懷」、「誅」の四つの方位の工事をさせた」
「私が君を罵り、君を灌頂の座から追い出し、君に不合理なことをしても、君はよくない念を抱かなかった。これは、将来の君の弟子たちが、君を信じ切って精進し、慈悲と知恵を持って苦を忍ぶ強さと意志の力を備えるということをあらわしている」
師父は言い終えると、再度ウェンシーを加持し、法を講じ、灌頂を施した。以降、ウェンシーは本当の正法の道を歩み出す幸福に恵まれた。これ以降、ウェンシーの称号は「ミラレパ」となった。
ミラレパは師父から灌頂と口訣を受けると、付近にあった崖の中腹の洞穴に籠って修行を始めた。彼は洞穴に入るとチベット・バターに火を灯したが、燈心が燃え尽きても打座中の姿勢を崩さなかった。
彼はこのようにして日夜修行に励み、すでに十一カ月が過ぎようとしていた。
ある日、師父と師母は法会の美味しい食べ物と飲み物を携えて彼を見舞った。師父は洞穴の前に立って言った。「おまえさんや、君がここで修め始めてから、すでに十一カ月が経過した。君は席を冷まさず打座修行して、このように精進しているのは嬉しいかぎりだ。しばらくは出定して、わしと話でもせんか。しばらくは休んで、君の修煉体験と悟った理を話してくれんか」
「休みは到底いりません。しかし、師父の命とあらば、聴かないわけにはいきません」、ミラレパは師父にこう言ったものの、洞穴を出るときに少し躊躇した。今、洞穴を出るのは惜しく、出る勇気がなかったのだ。
「あなたは出てくる気がないの?」師母が問うた。
「私には出る勇気がありません」ミラレパは答えた。
「あなたが出てきても何の問題もないわ。そうでないと師父が癇癪を起すかもよ。この機会を逃さずに、出てらっしゃい!」師母がこういったので、ミラレパは出てきた。
ミラレパは洞穴から出てくると、師父と師母とともに廟に戻った。師母が法会の準備をすると、師父が問うた。
「おまえさんや、ここしばらく修行して、口訣に対して何か悟ったところはあったかの。どのような次元まで悟って行ったのか。ちょっとわしに話してくれんか」
(※1)空行母…密教の中で重要な地位を占める、智慧、事業を代表する一切諸仏の母。一切諸仏のために法を護持し、事業をうけもつ。
(続く)
(翻訳編集・武蔵)