チベットの光 (36) 師母のルビー【伝統文化】

参考写真 ( Raimond Klavins / unsplash )

ウェンシーが工事を再開してからしばらくすると、ウェイチャンからまた信徒がきて師父を供養し灌頂をもとめた。

 師母は、ウェンシーが苦労して工事に明け暮れても金がないため灌頂を受けられないのを不憫に思い、また不公平に感じていた。そのため彼女は、ウェンシーの供養の手伝いをしてやろうと思い、しばらく考えた末に彼のもとへと駆け寄った。

 「怪力君、今度の灌頂はどんなことがあっても受けるべきよ」。師母はこういってウェンシーにルビーを一石手渡した。「この宝石で師父を供養し、灌頂を受けなさい」

 ウェンシーはルビーを手に取ると仏堂の中に進み、それを師父に供養すると言った。「先生、これが私のお布施です。どうか灌頂を受けさせてください」

 師父はルビーを手にすると、まじまじとこれを見てウェンシーを問い詰めた。「おまえ、なぜこの宝石をもってきたのだ?」

 「師母にいただきました」と、ウェンシーは答えた。

 「ダメマがおまえに?」師父は眉をひそめると、側近の弟子に命じた。「師母を呼んできなさい!」

 師母が来ると、師父は問い詰めた。「ダメマ!どうやってこの宝石を手に入れた?」

 師母は、師父の前に出ると膝を屈して頭を下げ、声をひそめて言った。「先生、この宝石は私の両親が嫁入りのときにくれたものです。他人には知られないように、生活に困ったら使いなさいとのことでした。しかし、怪力君は可哀そうな弟子で、ここ数年牛馬の如く使われながら、供養するお金がないばっかりに、毎回の灌頂を受けられないのが、不憫で堪りません。それでこの宝石を彼に与え、先生を供養し、アバ・ラマとあらゆる弟子、そして私からも彼が灌頂を受けられるようにお願いする次第です」と、また深々と頭を下げた。

 アバ・ラマとその他の弟子たちは、師父の憤怒の表情を見てとった。隣席の者たちは固唾を飲んで見守り、それ以上はウェンシーの灌頂について触れず、ただ傍らの師母とともに師父を礼拝するだけだった。

 「こら!」師父の怒りが落ちた。「ダメマ!おまえは宝石を隠し持っていたうえに、それを他の人に与えたのか。おまえのものはすべてわしのもので、この宝石だってわしのものだ。怪力、おまえ自分のもので供養をしに来い、供養できないのなら、この席に座るな。ましてや、わしのものでわしを供養して、灌頂を求めるなどもってのほかじゃ」

 師父はこういったものの、他の人が代わりに灌頂を求めてくれるだろうとウェンシーは期待して、その場を動かなかった。師父は彼が動かないのを見ると、勇躍として上座から飛び降り、「出て行けといったはずだ。まだそこに座って何をするつもりだ?」と罵りながら、彼を足蹴にして法座から引き摺り下ろした。ウェンシーは地に這いつくばり、師父がその頭を踏みつけたので、彼は目から星が出て、前後不覚となった。師父は、しまいには傍らにあった鞭を取り出し、容赦なく彼を打ちすえ始めた。

 傍らの人たちは、これを見て一歩も動けなかった。ただアバ・ラマだけがこれをいさめていたが、師父の両眼には怒気が溢れ、それは恐怖極まりないものであった。

 (続く) 

(翻訳編集・武蔵)

転載 大紀元 https://www.epochtimes.jp/p/2021/04/71325.html

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