チベットの光 (10) 帰れない家【伝統文化】

参考写真 ( 和 平 / unsplash )

光陰矢の如し。ウェンシーがここウェイツァンに来てから早一年が経とうとしていた。この間、ラマはいくつかの呪文と口訣を授けた。この口訣を学び終えると、ウェンシーの同学は家に帰る準備を始めた。

 「わたしたちはもう大概が家に帰る。ラマが教えてくれたこの口訣は相当に深淵で、郷里に帰ったら使ってみるよ」

 「全くだ。この口訣があれば、法事をして災難を解除することだってできるさ。家に戻ったら、故郷に錦が飾れること間違いない」

 同学が興奮して話し合っているのをウェンシーは黙として聞いていた。彼は思った。「現在学んだこの呪術では、仇は討てない。もしこの役に立たない呪術だけで家に帰ったら、母は必ず自殺する」。彼はまた、母親が泣いていた情景や、それに答えた自らの決意、別れ際の母親の話などを思い起こした。ここ一年、彼の脳裏にはその映像が焼き付いて離れなかった。

 「私は帰らないことにする」。ウェンシーが突然、口をひらいた。

 「君は家に帰りたくないの?」 中の一人が怪訝そうに聞いた。

 「そりゃ帰りたいさ。でももっと肝心な呪術を学ぶまでは、帰っても合わす顔がないんだよ」

 「まだどんな呪術を学ぶというの。われわれが学んだ口訣は相当に深淵だし、ラマもそう言っていた。君がなにを考えているのか分からない。もし君がここにいるとしても、われわれは先に行くとするよ。君は自分で決めたらいい」。中の一人が言うと、皆が頷いた。

 こうして一行五人はラマを礼拝した後、ラマが授けた羊毛の衣服を身につけて帰路についた。ウェンシーもまたその衣服を身に着け、一行を送る半日の道を歩いた。ラマの家に戻る道すがら、たくさんの牛糞を拾い、それをラマの家の一番肥えている畑に肥料として与えた。

 窓からウェンシーの姿を見つけたラマは傍らの弟子に言った。「わたしのところに呪術を学びに来た弟子は多くいたが、彼のように素質のいい者はめったにいない。もう会えないかもしれない。彼は今朝、別れの挨拶に来なかった。それは、彼がきっと再び帰ってくることを意味する。彼は最初にここに来た時、親戚と隣人たちからひどい目に遭わされたので、仇を討つ呪術を学びに来たと言っていた。もし本当だとしたら、授けなかったら可哀そうな話だ」

 ウェンシーが戻ると、その話を聞いた弟子が駆け寄ってきてラマの話を伝えた。ウェンシーはその話を聞くと興奮した。「ラマはやはり仇を討つ更に凄い呪術を知っている!」彼がラマのところへ行くと、ラマはすぐに彼に問うた。

 「ウェンシー、皆は家に帰ったが、どうして君は帰らないのか」

 ウェンシーはラマから授かった衣服を脱ぐと、またラマを礼拝して言った。「先生、私は七歳のときに父親を亡くしました。それからというもの、叔父夫婦がわたしたち親子をだまして財産を奪い、わたしは幼少のころから牛馬のようにこき使われました。母も生きるか死ぬかの生活のなかで、村人も同情しないことはなかったのですが、だんだんとあざけ笑うようになって…」。ウェンシーはここまで言うと悔しくて涙を禁じえず、また続けた。「叔父の勢力は大きく、わたしたちには財産を奪い返せないし、仇も討てません。母が言うには、家財を奪い返せる人がいないので、仇を討つ呪術を学ぶしかないというのです。もし呪術に精通しないで家に戻ったら、母はわたしの目の前で自殺するというのです」

 (続く) 
 

 (翻訳編集・武蔵)

転載 大紀元 https://www.epochtimes.jp/p/2021/03/69816.html

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