チベットの光 (8) 報復の立志【伝統文化】

参考写真 ( Evgeny Nelmin / unsplash )

「お母さん!」 ウェンシーには母の苦悶と憤怒の表情が見て取れたので、心痛で耐えられなくなり、涙が零れ落ち、それが母の顔と衣服を濡らした。妹のプダも一緒に泣きながら、母の手を取ってその身体を揺らして覚醒を促した。しばらくして、母は気が付き、ウェンシーをみとめると涙を流して嘆息した。

 「お兄ちゃん!」 母はすぐには嗚咽して声も出なかった。ウェンシーの心は緊張し、母の遺憾が吐露されようとしていた。母が彼に、「天に昇って桃を摘む」「海に入って龍の髭を抜く」というような、どんな難しいことを求めたとしても、彼はその願いを叶えてあげたかった。

 母は、心痛のまま傷ついた息子を見て、その頭を掴んで言った。「お兄ちゃん!あなたは自分で何をしたか分かっているの?お母さんと妹がどんな生活を送っているのか知っているの?あなたはわたしたちの仇が現在どんな生活を送っているのか見たでしょう。あの財産はもともとわたしたちのものなのよ。あなたはこの恨みを忘れてしまったの?この母、年老いた老婆を見なさい。泣いても泣ききれないじゃない。それなのにあんなに気持ちよさそうに歌って…あなたの心の中には母がまだいるのかしら…」

 母はここまで言うと大声で泣き出し、三人は抱き合って床の上で泣いた。その光景を目にした人は、誰もが心痛の至りであった。

 しばらくして、ウェンシーは悲しみを抑え、頭をもたげて母に言った。「お母さん、もう悲しまないで。あなたの話は間違っていません。私は今、決意しました。あなたの願いがどんなものであろうと、それが何であろうと、あなたを助けます」

 「よろしい!」母はウェンシーの瞳に本当の決意を見た。ミラ・チャンツァイ家の人は、人に任意に馬鹿にされたり、騙されたりするような人ではない。彼女は、その瞳を恨みの念でいっぱいにして言った。「あなたは行って、彼らに目に物をみせてやりなさい!」

 このとき、母には叔父の言葉が耳に焼き付いて離れず、鳴り響いていた。「…おまえたちに何らかの能があれば、誰かを探して財産をもっていったらいい!そうでもないなら、まじないにでもすがることだな…はははは!!」

 この声は、母の脳裏で絶えず鳴り響き、それはだんだんと大きくなり、それが母を悲憤へとおいやり、意気を消沈させ、現在では報復以外には何もなくなっていた。

 「私たちは孤児と寡婦で、多勢に無勢だわ。唯一の方法は、呪詛と雹を降らせる法を学ぶことだわ。あなたはこの法を学んで、叔父夫婦やわたしたちを苛めた人たちを九族まで滅ぼすのよ!これが私の願い、いいわね!」母は恨みでいっぱいになった瞳でウェンシーを見つめると、詰め寄った。

 ウェンシーの母親は仇を討つことで心が一杯になっていたので、それが息子の一生をそこなうか否かについては気にもとめていなかった。

 ウェンシーはまだ少年で多くの事が分かっておらず、母親の恨みの鳥かごに入ったかのようで、また酒によってはめをはずし、母の悲憤をかってしまった後ろ暗さもあったので、母の要求にはすぐに応えたかった。

 「わかりました。お母さん、では旅費とラマにおさめる供養学費を工面してください」

 このようにして、ウェンシーの人生は180度、変換してしまった。彼と同郷の青年5人は、チベットのウェイチャン地方へ呪詛を学びに行くことになった。二度と引き返せない道に入ったのである。

 (続く)
 

(翻訳編集・武蔵)

転載 大紀元 https://www.epochtimes.jp/p/2021/03/69814.html

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