ウェンシーは酒に興じ、酔って山道を登り始めた。歌えば歌うほどに、その声は高らかになり、気持ちよさそうな歌声が山谷に響き渡って、風が吹くと木々がそよぐので、それらが合唱しているようだった。彼は感極まって、歌ったり飛び跳ねたりしながら、知らず知らずのうちに家路についていた。
この時、ウェンシーの母は、厨房で裸麦を炒っていたが、遠くからこの歌声を聴くと眉を顰めてつぶやいた。「なんてきれいな歌声なのかしら。声はまるで息子のような…」 「ありえない、ありえないわ。歌声はとっても気持ちよさそうに…わたしたち親子がこんなに苦労しているのに、ウェンシーがありえない…」 「これはもしかしたら幻聴かもしれない。わたしがウェンシーのことをいつも気にかけているから…」
しかし、彼女の思いとは裏腹に、その歌声はますます大きくなって家に近づき、ますますウェンシーの声に似ているではないか。
「ありえない」、母はみずからにそう言い聞かせた。「この世で、私たち親子ほど可哀そうなものはないのに、息子があんなに気持ちよさそうに歌うなんてありえない」。彼女は裸麦を炒っていたが、その歌声が門の所まで来ると、堪らず窓へと駆け寄って外を見た。すると、ウェンシーがふらふらと舞い踊りながら声を上げて歌い、門に近づいていた。それは宴会のときに歌った歌であった。
母は、それがまさしく自分の息子だということがわかると、裸麦を炒っていたフライパンを置いて、火箸を放り出し、棍棒を手に取って、灰を掴むと階下に降りた。門を開けると、そこには酒によって薄笑いを浮かべながら歌を歌う息子が立っていた。彼女の怒りは頂点に達し、手にした灰を息子の顔に投げつけると、棍棒でその頭をしたたかに殴りつけた。ひとしきり殴りつけると、彼女は大声で泣き始めた。
「ミラ・チャンツァイや!見てください。あなたの息子のこの無様なさまを!あなたには跡取りがいないのも同然です」。そう叫ぶと、手にした棍棒でウェンシーを乱打しはじめた。争う気のない息子はされるがままであったが、彼女の口調がゆるむことはなかった。
彼女は渾身の力で泣き、泣いては叫び、叫んでは乱打し、最後には気絶して昏倒してしまった。このとき、ウェンシーの妹が物音をききつけて、家の奥から駆け寄り、母が地上に倒れているのを見つけた。
彼女は、地に跪いて母を揺らすと言った。「お兄さん、あなたお母さんに何をしたの?自分で自分のしたことをよく考えて!」
ウェンシーはもとよりぼうっとしていて、突然の暴風雨に遭ったような気がして、まだ何が起こったのかわかっていなかったが、妹の一言でぱっと目が覚めた。目の前に母親が倒れているのを見つけると、彼は恥ずかしさと悲しみの思いに駆られた。倒れているのが、母ではなく自分であったらと後悔の念がしきりであった。
(続く)
(翻訳編集・武蔵)