得道した人は目立たない雑用係である

【脱党支援センター佐藤櫻訳2020年9月15日】

ある桓闓と言う名の人がいて、華陽陶先生の門下に入り、毎日雑用ばかりを十数年も続けていた。また彼はとてももの静かで慎重な性格だった。

写真 正見網

ある日、2人の童子が白鶴に乗って天から陶氏の中庭に降りて来た。陶氏は急いで入り口で出迎えた。しかし、鶴に乗ってる童子は、「太上老君の命令で桓氏を迎えに来ました」と言った。陶氏はしばらくの間、誰の事なのか分からなかった。自分の門下に桓と言う名の者などいないと思っていたからだ。最後になってやっと雑用係の桓闓のことだと気づくと、桓闓にどうやって修行したのかと尋ねた。

桓氏は「私はすでに長い年月を修行に費やしました。自ら天界の大帝に会うことが出来てからも九年間が経ち、今やっと神仙が迎えに来てくれました。」陶氏はすぐ桓氏の門人にしてもらえないかと頼んだが、桓氏は陶氏に対して十分責任を取れないという理由で断った。
桓氏は天神の衣に着替え、白鶴に乗って天に向かって昇天して行った。神と人間では物事の見方が違っている。人間は地位や財産を大事に思っているが、神の考えはそうではない。特に目立たないような人であったり、たとえばお寺にいる炊事係の小坊主のような人の方が却って得道しやすいと言う。なぜなら、彼らはたくさん苦労している為、業を滅するのも速いからである。その為、地位が高く、財産の多い人の方が得道するのが難いようである。

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