国を亡ぼす4つ「酒味色台」とは?戦国時代から学ぶ

生まれては滅亡を繰り返してきた中国の歴代王朝。その興亡を決めるのは、国の執政者の資質であると古人は言います。いつの時代にも、権力者につきまとうのは抗いがたい誘惑です。国家の存続は、誘惑を退ける国のリーダーの徳にかかっているのかもしれません。


およそ2400年前、中国には10の国が存在した。ある日、魏恵王は他国の王たちを城に招き、贅沢な酒宴を開いた。魏恵王が盃を掲げると、その中にいた魯共公(魯国の13代目国王)は、国家の衰亡を招く要因について語り始めた。

「昔、酒作りに秀でていた儀狄(ぎてき)は、桑の葉で包んだご飯を発酵させて作った酒を禹(う)王に献上しました。禹王はこの酒の味を非常に気に入りましたが、この日から一切酒を断ち、儀狄とも距離を置くようになりました。禹王は、将来、酒によって国を亡ぼす王が出るだろう、と嘆いたといいます」

魯共公は続けた。「斎桓公(戦国時期 斎国の国王)はある夜、空腹を覚えたので、料理長の易牙(い・や)に食事を作らせました。斎桓公は贅沢な食事を堪能し、大変満足しましたが、次の日、起床が遅れてしまいました。斎桓公は、将来、美食のために国を亡ぼす王が出てくるだろう、と嘆いたといいます」

また、魯共公は国家衰亡を招く3つ目の要素を語り始めた。「晋文公(晋国初代国王)は南之威(なんしい)という美女を寵愛しました。晋文公は三日三晩、政事を忘れて彼女を寵愛しましたが、その後、晋文公は南之威を遠ざけることにしました。晋文公は将来、美女に溺れ、国を亡ぼす王が出てくるだろう、と嘆いたといいます」

そして、魯共公は4つ目の要素について語った。「楚昭王はある日、塔の上から自分の国の美しい景色を眺めていました。雄大な山や川の景色に見とれ、つい何もかも忘れてしまいます。ふと我に返った楚昭王は、二度と政事を忘れないことを誓い、その場にいた人たちに言いました。将来、立派な建築物を建てることに精を出し、美しい景色のために国を亡ぼす王が出てくるだろう、と」

魯共公は、国王がこれら四つのうちのひとつにでも耽溺すれば、国を亡ぼすだろうと論じた。魏恵王が開いた酒宴にはこれら4つの酒、味、色、台の四つが揃っており、身を引き締めなければならないと警告した。

魏惠王は魯共公の言葉に賛同し、心から感謝したという。

 ≪戦国策・鲁共公選言より≫ (編集・李清 翻訳・郭丹丹)

(轉載大紀元)

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