【大紀元日本10月24日】
4.教科書を利用し、党文化を注入する
2)歴史の授業:自らを欺き、人をも欺く
(1)政治的主権の寡占により、歴史は政治の一学科のようになる
史実を鏡とすれば、その興亡を知ることができる。世界の各文明国家はみな大量の歴史資料を保存しており、人々はそれらから豊富な教訓を汲み取ることができ、個人的な立身出世や民族の発展にまで貴重な参考となっている。もし自らの民族の歴史的経緯を知らない民族がいたならば、それは記憶喪失になった人のようであり、その境遇はきわめて哀しいものである。
しかし、中共の歴史は輝かしいものではなく、その真実の歴史は共産党にとって大敵なのである。その統治の合法性を論証するため、中共は歴史解釈の権利を独占する必要があった。御用学者たちは渾身の力を駆使し、中国の歴史を虚偽の「発展の五つの段階」に嵌め込み、歴史が共産党を選択したとの結論を導き出した。
中共が作った中国史の教材を見てみると、突出した印象を受けるところがある。すなわち、農民戦争は発展の動力であり、陳勝呉広(※1)以来、歴史の真理を掌握した革命政党が出現して民衆を水火の中から救出してくれることが、中国人民にとって2000年来の待望であった。そしてついに、「十月革命」が咆哮の声を揚げて、共産党が来たというものである。
しかし実際には、人類の歴史を発展させる五つの段階というものは完全なる虚構で、中国の歴史にとっては更にあり得ない話である。
たとえば、中国が戦国時代から封建時代に移ったのであれば、秦の始皇帝が封建制を廃して郡県を置いたのをどう解釈したらいいのであろうか。孔子は「吾は周に従わん」(※2)と説き、汲々として六国の間を奔走し、三代の礼楽制度を回復しようとしたが、中共から見れば、それは「奴隷を搾取する階級」の代言者であった。しかし、なぜ孔子の儒家思想が反対に「封建時代」の正統思想となっていたのか。嘘も大きすぎると辻褄が合わなくなってくる。
この体系は元の形がなくなるほど改竄され、中共は今になって二十五史(※3)を焼き捨てることができなかったことを悔やんでいるのである。
(2)掩蔽、改竄、編集により真実の歴史を断片化する
中共の教育部門が歴史教材を編集する指導原則とは以下のようなものである。唯物史観で解釈できないものは一切論述しない。共産党の悪事と醜聞は一切論述しない。歴史上の聖人君子、名君と賢明な大臣については選んで論述し、その際には「歴史的な極限性」を指摘する。「反動階級の罪悪」は、大きく取り上げる。「農民蜂起」については大きく取り上げる。共産党の「輝やかしい歴史」については特に大きく取り上げる。
中共の歴史書でも孟子は取りあげているが、「頭脳を働かす者は人を支配して、肉体を働かす者は人に支配される」と言ったので、それは「搾取階級」の本性を顕示しているとしている。
国民党については、「抗日に消極的で、反共産党には積極的であった」と攻撃したが、本当に抗日を行ったのは国民政府であったことは敢えて触れたことはない。中共は「抗日に一分、国民党対処に二分、自らの発展に七分」であり、キリスト教については「自分のごとく他人を愛する」といった教義を取り上げるのではなく、「宗教戦争」や「宗教は殖民主義の工具」であると強調する。資本主義国家については、「資産階級の民主の虚偽性」と「経済危機の内在問題は克服できない」などと強調する。
近年来、ますます多くの青年学生が中共の歴史改竄に気付き、自ら閲読と研究を行って歴史の真相に迫ろうとしているが、先に注入された中共の邪悪な歴史観によってなかなかそれを突破できないでいる。
近現代においては、中共は歴史史料を独占し、言論を封殺しているので、中共が建国して以降の本当の歴史を知るのは大陸ではほとんど不可能に近い。中共が歴史を系統的に改竄しているので、中国の歴史的真相を知ろうとするには、中共が具体的な事件を改竄して編集した嘘を見抜く能力がなくてはならず、さらには中共が仕掛けた理論的な枠から飛び出す能力がなければならない。そうして人類文明の高みに立ってはじめて、共産邪霊が人間社会を取り乱したここ一世紀を見ることができるのである。この方面については、「九評共産党」の一書が私たちによい例を提供している。
(続く)
(※1)陳勝呉広:「陳勝呉広の起義」とも言われる。秦代末の民衆蜂起の一つで、秦朝政権に深刻な打撃を与えた。これが、中国歴史上初めての民衆蜂起といわれる。
(※2)「吾は周に従わん」:孔子『論語』の中の一節、「周監於二代、郁郁乎文哉、吾従周」(周の礼制は夏・殷の二代を模範としており、悠々として文化に優れている。私は周の礼制に従おう)から。
(※3)二十五史:中国歴代の正史、清の乾隆帝の勅命により選定された二四種に「新元史」または「清史稿」を加えたものの総称。