【党文化の解体】第1章(3)  「唯物論を宣伝する」

(イラスト=大紀元)

2.唯物論を宣伝する

 無神論は、党文化の基礎として、人々の神に対する正しい信仰を破壊し、それによって中共はほしいままに振舞えるようになった。しかし中共はこれよりさらに多くのものを望んだ。弁証唯物論と歴史唯物論もまた、共産党の世界観と方法論として、党文化の別の基礎となった。その結果、唯物論に洗脳された中国民衆たちが見る世界と歴史は、過去のものとはもはや全く異なるものとなったのである。

 マルクスとエンゲルスの唯物論は、論議を呼ぶ一種の哲学流派に過ぎなかった。出版業者エドゥアルト・ベルンシュタイン(Eduard Bernstein)はかつて、エンゲルスの『自然弁証法』の草稿をアインシュタインに渡して、この草稿を印刷すべきかどうか、意見を求めた。アインシュタインはエンゲルスの『自然弁証法』に納得がいかず、「もしこの草稿が歴史的な人物として注目に値する著者の手から出たのでなければ、私はそれを印刷しないよう提案する」「何故なら、現代物理学の観点から言っても、物理学史の角度から言っても、この草稿の内容には何ら興味深い点はないからだ」と言った。

 しかし共産党は、マルクス・レーニン主義を「世の中のどこに出しても皆ぴったり合う」真理として扱い、教科書の必修内容として、毎年、毎月、毎日のようにこれを講じてきた。

 マルクスの弁証唯物論の中の唯物論と伝統的な唯物論は、同じではない。マルクスは、伝統的唯物論は一種の唯心的な哲学に過ぎないのに対し、自分の唯物論は世界を改造するのに使われるべきもので、哲学は机上の空論式に世界を認識することを止め、必ず階級闘争に参加しなければならないとした。

 ここに至り、この唯物論はもはや単なる哲学に止まらず、いわゆる封建社会から資本主義社会を経て共産主義に至る歴史的路程を予測しただけでなく、共産主義に到逹するためには必ず暴力革命に基づかなければならないと考えたのである。

 共産主義理論は、現われた当初は理想主義的な色彩に満ちていた。この世に「天国」を打ち立てようとする理想は、血が騒ぎ立つ無数の人たちを引き付け、その結果「赤い災い」が十数か国に広まり、十数億の人たちが奴隷のように酷使され、一億人以上が非業の死を遂げた。

 暴力だけで維持する政権が長続きすることはない。共産党は 、「悪事の限りをはたらく」と同時に、「聞こえのいいことばかり」を言わなければならなかった。つまり、嘘妄言によって血腥い殺戮に筋の通った解釈を与えなければならなかったのである。

 この種の虚言は、綿密な共産主義理論の包装を経て、見た目にはすばらしく完璧であり、その殺戮を弁護しただけでなく、政治、経済、軍事、法律、科学、教育、社会管理、医療衛生、さらには養老と家庭生活などの多方面に対して、一連の指導及び統制理論を提案し、歴史に対しても一連の解釈を与えた。また一方では、中共は、社会の各業種、各種の微細な細胞に対しても全面的な統制を行わなければならなかった。
 

                                         (イラスト=大紀元)

マルクス主義の唯物論はまさに、共産党の暴力革命と闘争哲学などの具体的な行動のための理論的指導を提供した。党文化の「唯物主義」は、当初は「暴力崇拜主義」として現れたため、次のような表現が見られる。

 マルクス 「物質の力は、物質の力によって破壊するしかない」。
 エンゲルス「機関銃、大砲こそが最も権威あるものだ」。
 レーニン「暴力は、100回の弁論より效果的だ」「国家は階級抑圧の道具だ」。
 毛沢東 「政権は銃口から生まれる」。

 林彪「政権とは鎮圧する力で、政権があれば富豪、億万長者でもひと晩の間に叩き伏せることができる」。

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